『完訳 グリム童話集 (五)』 金田鬼一 訳 (岩波文庫)
「「あたしは木のぼりがじょうずなんだ」と、三人めのが言いました、「お月さまを、きっと下へおろしてみせるよ」
四人めの男は、荷馬車(にばしゃ)を一だいもってきました。三人めの男が木にのぼると、お月さまに穴を一つあけて、その穴へ綱(つな)をとおして、お月さまを下へおろしました。」
(『完訳 グリム童話集』 「一九五 お月さま」 より)
『完訳
グリム童話集
(五)』
金田鬼一 訳
岩波文庫 赤/32-413-5
岩波書店
1979年11月16日 改版第1刷発行
1988年7月25日 第11刷発行
296p 「編集付記」1p
文庫判 並装 カバー
定価450円
「KINDER- UND HAUSMÄRCHEN
Jacob u., Wilhelm Grimm」
全五冊。
グリム童話集には、落語のようなのや、日本昔話(こぶとりじいさん)のようなのや、「蜘蛛の糸」のようなのや、羽衣伝説のようなのもあって興味深いです。羽衣伝説みたいなのはアラビアンナイトにもありますが、王女としらみの話などもアラビアンナイトにあるので、そういうのは東方起源かもしれないです。
目次:
一九一 みそさざい 〈KHM 171〉
一九二 かれい 〈KHM 172〉
一九三 「さんかのごい」と「やつがしら」 〈KHM 173〉
一九四 ふくろう 〈KHM 174〉
一九五 お月さま 〈KHM 175〉
一九六 ふしあわせ
一九七 じゅみょう 〈KHM 176〉
一九八 死神のおつかいたち 〈KHM 177〉
一九九 プフリームおやかた 〈KHM 178〉
二〇〇 泉のそばのがちょう番の女 〈KHM 179〉
二〇一 エバのふぞろいの子どもたち 〈KHM 180〉
二〇二 池にすむ水の精 〈KHM 181〉
二〇三 こびとのおつかいもの 〈KHM 182〉
二〇四 えんどうまめの試験
二〇五 大入道と仕立やさん 〈KHM 183〉
二〇六 くぎ 〈KHM 184〉
二〇七 お墓へはいったかわいそうなこぞう 〈KHM 185〉
二〇八 ほんとうのおよめさん 〈KHM 186〉
二〇九 兎とはりねずみ 〈KHM 187〉
二一〇 つむと梭(ひ)とぬいばり 〈KHM 188〉
二一一 ひゃくしょうと悪魔 〈KHM 189〉
二一二 つくえの上のパンくず 〈KHM 190〉
二一三 あめふらし 〈KHM 191〉
二一四 強盗とそのむすこたち
二一五 どろぼうの名人 〈KHM 192〉
二一六 たいこたたき 〈KHM 193〉
二一七 麦の穂 〈KHM 194〉
二一八 どまんじゅう 〈KHM 195〉
二一九 リンクランクじいさん 〈KHM 196〉
二二〇 水晶の珠 〈KHM 197〉
二二一 マレーン姫 〈KHM 198〉
二二二 水牛の革の長靴 〈KHM 199〉
二二三 黄金のかぎ 〈KHM 200〉
児童の読む聖者物語
二二四(Ⅰ) 森のなかのヨーゼフ聖者 〈KHM 201〉
二二五(Ⅱ) 十二使徒 〈KHM 202〉
二二六(Ⅲ) ばら 〈KHM 203〉
二二七(Ⅳ) 貧窮と謙遜は天国へ行く路 〈KHM 204〉
二二八(Ⅴ) 神さまのめしあがりもの 〈KHM 205〉
二二九(Ⅵ) 三ぼんのみどりの枝 〈KHM 206〉
二三〇(Ⅶ) 聖母のおさかずき 〈KHM 207〉
二三一(Ⅷ) おばあさん 〈KHM 208〉
二三二(Ⅸ) 天国の御婚礼 〈KHM 209〉
二三三(Ⅹ) はしばみの木のむち 〈KHM 210〉
断篇
二三四(Ⅰ) 絞首架の男 〈KHM 211〉
二三四イ(Ⅱ) 黄金の脚
(附録)じゅばんの袖
二三五(Ⅲ) しらみ 〈KHM 212〉
二三六(Ⅳ) つわものハンス 〈KHM 213〉
二三七(Ⅴ) 靴はき猫 〈KHM 214〉
二三八(Ⅵ) 悪人のしゅうとめ 〈KHM 215〉
二三九(Ⅶ) 民謡体の童話断篇 〈KHM 216〉
グリム兄弟遺稿中の童話
二四〇(Ⅰ) 恩を忘れない亡者と奴隷からすくわれた王女 〈KHM 217〉
二四一(Ⅱ) 貞女 〈KHM 218〉
二四二(Ⅲ) 柩のなかの王女と番兵 〈KHM 219〉
二四三(Ⅳ) こわがる稽古(けいこ) 〈KHM 220〉
二四四(Ⅴ) ペーテル聖者の母 〈KHM 221〉
二四五(Ⅵ) 犬が猫と、猫が鼠となかのわるいわけ 〈KHM 222〉
二四六(Ⅶ) 犬と犬とが嗅(か)ぎっこするわけ 〈KHM 223〉
二四七(Ⅷ) 耳のいい人と脚の早い人と息の強い人と力の強い人 〈KHM 224〉
二四八(Ⅸ) 鼠と腸詰との話 〈KHM 225〉
跋文(ばつぶん) (訳者/昭和31年(1956年)2月)
◆本書より◆
「一九五 お月さま」より:
「おおむかし、夜(よる)はいつでもまっくらで、天が、黒い布(きれ)みたように地面の上にひろがっている国がありました。この国では、お月さまが出たことがなく、闇(やみ)のなかでお星さまがきらきら光ることがないのですから、どうもしかたがありません。これは、世界をこしらえた時に、夜(よる)の光が足りなかったのです。
この国から、あるとき、年季奉公(ねんきぼうこう)をすませたわかい職人(しょくにん)が四人(よったり)、(中略)修業(しゅぎょう)の旅に出て、よその国へ行ったことがあります。その国では、日が暮れておてんとうさまが山々のうしろへ消えてしまうと、あるところのかしわの木のてっぺんに光をだす球(たま)があって、それが、遠くの方まで、やわらかい光を流れるようにだしているのでした。それは、太陽みたようにぎらぎらした光をはなつのではありませんが、なんでもよく見えて、はっきり物のみわけがつくのです。旅のものは立ちどまって、ちょうど荷車をひいてそこを通りかかったお百姓に、これはどういう燈火(あかり)ですかと、きいてみました。
「これは、お月さまでがす」と、おひゃくしょうが返事をしました、「わしらの村(むら)の村長(そんちょう)さまが三ターレルで買(こ)うてきてよう、このかしわの木へしばりつけたでがす。こいつを、いつなんどきでもあかるくもやしとくには、毎日油をついで、きれいにしとかにゃならんので、その費用に、わしらから、毎週一ターレルずつ取りたてるでがす」
お百姓が行ってしまってから、一人が、
「このランプは、つかえないことはないぜ。わしらの故郷(くに)にも、これとおなじぐらいのかしわの木がある。あいつへ、これをひっかければいい。なあ、夜(よる)、まっくらやみんなかをさぐりまわらなくてすみゃ、どんなにうれしいか」と言いだしました。
「こうしたらどうだね」と、ふたりめのが口をだしました、「荷車と馬をもってきて、お月さまをつれてっちまおう。ここの人には、また別(べつ)のが買えるわね」
「あたしは木のぼりがじょうずなんだ」と、三人めのが言いました、「お月さまを、きっと下へおろしてみせるよ」
四人めの男は、荷馬車(にばしゃ)を一だいもってきました。三人めの男が木にのぼると、お月さまに穴を一つあけて、その穴へ綱(つな)をとおして、お月さまを下へおろしました。かがやいている球(たま)が馬力(ばりき)へ乗ると、それに布(きれ)をかけて、ぬすんだしなものがだれにも気のつかないようにしました。
四人(よったり)のものは、お月さまを、とどこおりなく自分たちの国へもちこんで、それを、せいの高いかしわの木のてっぺんにすえつけました。あたらしいランプの光が野原という野原を照らして、ほうぼうの家の部屋部屋(へやべや)へひろがったので、としよりも若いものもよろこびました。一寸ぼうしは岩のほらあなから出てきました。ちび鬼どもは赤い上衣(うわぎ)を着て、輪なりにお手々をつないで、草原でぐるぐるおどりだしました。
四人のものは、お月さまに油をさして、心(しん)をきりました。そして、一週間に一ターレルずつ取りたてました。ところが、そのうちに四人ともおじいさんになりました。そして、その一人が病気にかかって、じぶんの死ぬことをさとると、お月さまの四分(よんぶん)の一はあたしの財産だから、お墓(はか)へ入れてくれと遺言(ゆいごん)したものです。ですから、この人が死ぬと、村長さんが木のぼりをしてかきねの刈(か)りこみをする鋏(はさみ)でお月さまを四(よ)つ一(いち)だけ切りとって、お棺(かん)の中へ入れました。お月さまの光は減(へ)りましたが、さほど目だつほどではありませんでした。
二人(ふたり)めの人が死ぬと、また、お月さまを四つ一だけもって行きました。それで、光はまたすくなくなりました。三人めの人が死ぬと、これも、やっぱり自分の分(ぶん)をもっていったので、光は、もっとよわくなりました。そして、いよいよ四人めの人がお墓へはいりましたら、むかしのとおりの真(しん)の闇(やみ)がかえってきて、村の人たちが、日がくれてから提灯(ちょうちん)なしで外へ出ると、みんな、こつこつ、はちあわせをしました。
ところが、お月さまのかけらが地面の下の世界へはいってから、それがひとつにまとまると、なにしろ、これまでは暗闇(くらやみ)だったところですから、死人(しびと)どもがざわついて、ねむりから目をさましました。死人は、むかしのように物が見えるようになったので、びっくりしました。」
「死人たちは、むくむく起きあがって、はしゃぎだし、むかしの娑婆(しゃば)のくらしかたをはじめたものです。音楽や舞踏(ダンス)をやりだしたものたちがあるかとおもえば、居酒屋(いざかや)へかけこんだれんじゅうもあって、そこでお酒をださせて、酔(よ)っぱらって、あばれだして、けんかをして、しまいには、こん棒(ぼう)をふりあげてなぐりあいをはじめるという始末(しまつ)。」
「二〇三 こびとのおつかいもの」より:
「仕立(したて)やさんと餝(かざり)やさんが、つれだって修業(しゅぎょう)の旅に出ました。ある晩、お日さまが山々のうしろにしずんでしまってからのこと、遠くのほうから、なにか、音楽のひびきがきこえました。音色(ねいろ)は、だんだんはっきりしてきます、それは、世の常のものとはまるでちがってはいますが、いかにも気もちのいいもので、ふたりはくたびれもわすれて、足ばやにあるいて行きました。
とある丘陵(おか)にたどりついたころには、もうお月さまが出ていて、おかの上には、ちいさな男や女がおおぜい見えました。その人たちは、手をつなぎあって、いかにも、おもしろくっておもしろくって居(い)ても立(た)ってもいられないというふうに、ぐるぐる、ぐるぐる、おどりくるい、おどりにあわせて、それはそれはおもしろおかしくうたっています。」
「おどりの輪(わ)のまん中に、爺(じい)さんが一人(ひとり)、がんばってました。じいさんは、からだもほかのものたちよりいくらか大きく、五色(ごしき)の上衣(うわぎ)を着て、氷のような色のひげが胸にたれさがっています。ふたりはあきれかえって、立ちおどんだまま、おどりを見物していると、じいさんが、なかへはいれと目くばせをして、こびとたちも、さあ、おいでなさいと言わんばかりに、おどりの輪をひらきました。
かざりやさんは、駱駝(らくだ)のようなこぶをしょっていて、世間のせむしとおなじようにずいぶんあつかましい人ですから、かまわず、のこのこ、でかけました。したてやさんのほうは、最初は、はにかんで、ひっこんでいましたが、みんながおそろしく浮きたっているのを見て、じぶんも思いきって、あとから出てきました。そうすると、輪はたちまちもとのとおりにとじて、こびとたちは、唄(うた)をうたいながら、跳(と)んだりはねたり、気狂(きちが)いのようにおどりつづけましたが、じいさんは、帯にぶらさげていた幅(はば)びろの庖丁(ほうちょう)をとって、それを磨(と)ぎはじめ、じゅうぶんに磨ぎすまされると、新参(しんまい)の客人(きゃくじん)のほうを、じろじろながめたものです。
ふたりは、きみがわるくなりましたが、どうしようかとかんがえるひまもなく、じいさんはかざりやさんを鷲(わし)づかみにして、それこそ目にもとまらぬ早(はや)わざで、かざりやのあたまの毛とひげを、つるつるに剃(そ)りおとし、それがすむと、したてやさんもおんなじことをされました。」
「じいさんは、わきのほうに山のように積みあげてある石炭をゆびさして、それを、かくしへ詰(つ)めこむように、いろんな身ぶりをしてみせました。その石炭がなんの役にたつのだかわからないのですが、とにかく、ふたりは、すなおにそのとおりにして、それから、とまるところをさがしに、また、てくてくあるきだしました。山あいへはいってから、近所の僧院の鐘(かね)が十二時をうって、それをきっかけに、うたごえがやみました。いつのまにか、なにもかも消えうせて、丘(おか)は、さえわたる月の光をあびているばかりです。」
「二一六 たいこたたき」より:
「ある晩のこと、齢(とし)のいかない太鼓(たいこ)たたきがたったひとりぼっちで野原をあるいていましたが、とある湖水(みずうみ)の岸に出ると、白い亜麻(あま)の布(きれ)が三枚おちているのが目につきました。
「なんてえ上等な麻(あさ)だろ!」
こう言って、たいこたたきは、それを一枚、かくしへおしこみました。うちへかえると、ひろったもののことはそれぎり考えもしず、寝床(ねどこ)へ横になりました。ところが、いざ寝つこうとするときに、だれだか、自分の名を呼ぶものがあるような気がしました。耳をすませてよくきくと、
「たいこたたきや、たいこたたき、目をさましてよ」という、蚊(か)のなくような声がききとれました。まっくらやみの晩だったので、だれも見えないのですが、なんだか人の形をしたものが、寝台(ねだい)の前を、ふわりふわり、あっちこっちへ行ったり来たりしているような気がしました。
「なにか用事(ようじ)があるのかい」と、たいこたたきが、きいてみました。
「わたくしの襦袢(じゅばん)を、かえしてちょうだいね」と、さきほどの声が返事をしました、「あなたが宵(よい)のくちに湖(みずうみ)の岸で取っていらしった、あれね」
「かえしてあげるとも」と、たいこたたきが言いました、「おまえが、なにものだか、そいつをわたしにきかせてくれたらね」
「申(もう)すも涙のたねながら」と、声が折りかえしてこたえました、「わたくしは、日(ひ)の出(で)の勢(いきおい)のある国王の娘。けれども、魔ほうつかいの女の妖術(ようじゅつ)におちいって、今はガラス山の上に封(ふう)じこめられている身です。毎日女きょうだいふたりと、あの湖で行水(ぎょうずい)をつかうことになっているのですが、じゅばんがなくては、飛びかえることがかなわず、姉妹(きょうだい)は行ってしまいましたけれど、わたくしは、あとにのこらなければなりませんでした、後生一生(ごしょういっしょう)のおねがいです、わたくしの襦袢をおかえしくださいまし」
「安心しといで! かわいそうに」と、たいこたたきが言いました、「かえしてあげなくってどうする!」
太鼓たたきは、かくしから襦袢をとりだして、くらやみのなかで、それを王女にわたしてやりましたが、王女があたふたとじゅばんをつかんで、そのまま立ち去ろうとするのを、
「ちょいとお待ち!」と呼びとめました、「手をかしてあげられないこともなかろ」
「それはね、あなたがガラス山の上にのぼって、妖婆(ようば)の魔力からすくいだせさえすれば、それは勿論(もちろん)、あなたのおかげで助けていただけますわ。けれども、かんじんのガラス山のとこへは、あなたもいらっしゃれないし、もしも、どうかしてお山のすぐ近くまで来(こ)られたとしても、お山へは登(のぼ)れやしないことよ」
「やろうとさえ思えば、なんでもできる」と、たいこたたきが言いました、「おまえが気のどくでならないし、それに、わたしはなんにも怖(こわ)いものなし。だけれど、ガラス山だなんて、行くみちがわからないや」
「そのみちは、人喰(ひとく)い鬼(おに)のすんでる大きな森をとおっています。わたくしがあなたにお話しできるのは、これだけなのよ」
王女はこう返事をしたかと思うと、すぐそのあとできこえたのは、しゅうしゅうと飛びさる羽音(はおと)ばかりでした。」
「二三五(Ⅲ) しらみ」:
「むかし昔、あるところに王女がありました。王女はたいへんな清潔(きれい)ずきで、このかたよりもきよらかな女の人は、たしかに世界(せかい)じゅうにありませんでした。王女は、ごじぶんのからだに、爪垢(つめあか)ほどでもきたないものや汚点(しみ)がついていては、がまんができないのでした。
王女はこんなに潔癖(けっぺき)なのですが、どうしたことか、あるとき、おつむりに、虱(しらみ)が一ぴきみつかりました。みんな、
「こんな不思議(ふしぎ)なことはない、このしらみは殺(ころ)してはいけない、牛(うし)の乳(ちち)でそだてて、大きくしなくてはいけない」と、異口同音(いくどうおん)にはやしたてました。こんなわけで、しらみは、大切(たいせつ)に頭(あたま)から下とりおろされました。そして、ごちそうを食べるので、ずんずん育(そだ)ちました。普通(なみ)のしらみよりも、ずうっと大きくなりました。なみのしらみどころか、しまいには小牛(こうし)ぐらいの大きさになりました。
このしらみが死ぬと、王女はその皮を剝(は)いで、なめして、それぞれ手をかけて、それでごじぶんのおめしものをこしらえさせました。それからというもの、王女をおよめさんにほしいという男の人がやってくると、王女は、じぶんが着物にしたてて着ている皮はどんな動物の皮だか、あててごらんと、難題(なんだい)を出します。けれども、それをうまくあてるものは一人もなく、みんな、ぞろぞろかえって行くのです。それでも、やっとのことで、うまく秘密(ひみつ)をみやぶったものが一人ありました。」
「二四四(Ⅴ) ペーテル聖者の母」:
「ペートルスが天国(てんごく)へ行ってみると、おかあさんがまだ浄罪火(じょうざいか)のなかにいたので、
「神さま、わたくしの母を、浄罪火のなかから救いだすことをおゆるしくださいまし」と、おねがいしました。ペートルスのお願いは、ききとどけられました。そこで、ペートルスはおかあさんをつれて、浄罪火の中をぬけて天国へのぼろうとすると、かわいそうな魂(たましい)が、いくつもいくつも、自分たちもいっしょにここをのがれ出ようと、はかない希望(のぞみ)をいだいて、おかあさんの裳裾(もすそ)にぶらさがっていました。
ところが、おかあさんは、他人(ひと)のしあわせになるのが嫉(ねた)ましくて、裾をふるったので、みんなもとの火のなかへ落ちてしまいました。
ペートルスは、これで、じぶんの母親の心の悪いことをはっきりみとめて、おかあさんも、落としてしまいました。これで、おかあさんは、せっかく脱(ぬ)けだした浄罪火の中へ逆(ぎゃく)もどりしたわけで、その後(ご)心を改(あらた)めていないとすれば、今でも、まだそこにいることとおもいます。」
こちらもご参照ください:
『完訳 グリム童話集 (一)』 金田鬼一 訳 (岩波文庫)
『完訳 千一夜物語 (一三)』 (岩波文庫)
四人めの男は、荷馬車(にばしゃ)を一だいもってきました。三人めの男が木にのぼると、お月さまに穴を一つあけて、その穴へ綱(つな)をとおして、お月さまを下へおろしました。」
(『完訳 グリム童話集』 「一九五 お月さま」 より)
『完訳
グリム童話集
(五)』
金田鬼一 訳
岩波文庫 赤/32-413-5
岩波書店
1979年11月16日 改版第1刷発行
1988年7月25日 第11刷発行
296p 「編集付記」1p
文庫判 並装 カバー
定価450円
「KINDER- UND HAUSMÄRCHEN
Jacob u., Wilhelm Grimm」
全五冊。
グリム童話集には、落語のようなのや、日本昔話(こぶとりじいさん)のようなのや、「蜘蛛の糸」のようなのや、羽衣伝説のようなのもあって興味深いです。羽衣伝説みたいなのはアラビアンナイトにもありますが、王女としらみの話などもアラビアンナイトにあるので、そういうのは東方起源かもしれないです。
目次:
一九一 みそさざい 〈KHM 171〉
一九二 かれい 〈KHM 172〉
一九三 「さんかのごい」と「やつがしら」 〈KHM 173〉
一九四 ふくろう 〈KHM 174〉
一九五 お月さま 〈KHM 175〉
一九六 ふしあわせ
一九七 じゅみょう 〈KHM 176〉
一九八 死神のおつかいたち 〈KHM 177〉
一九九 プフリームおやかた 〈KHM 178〉
二〇〇 泉のそばのがちょう番の女 〈KHM 179〉
二〇一 エバのふぞろいの子どもたち 〈KHM 180〉
二〇二 池にすむ水の精 〈KHM 181〉
二〇三 こびとのおつかいもの 〈KHM 182〉
二〇四 えんどうまめの試験
二〇五 大入道と仕立やさん 〈KHM 183〉
二〇六 くぎ 〈KHM 184〉
二〇七 お墓へはいったかわいそうなこぞう 〈KHM 185〉
二〇八 ほんとうのおよめさん 〈KHM 186〉
二〇九 兎とはりねずみ 〈KHM 187〉
二一〇 つむと梭(ひ)とぬいばり 〈KHM 188〉
二一一 ひゃくしょうと悪魔 〈KHM 189〉
二一二 つくえの上のパンくず 〈KHM 190〉
二一三 あめふらし 〈KHM 191〉
二一四 強盗とそのむすこたち
二一五 どろぼうの名人 〈KHM 192〉
二一六 たいこたたき 〈KHM 193〉
二一七 麦の穂 〈KHM 194〉
二一八 どまんじゅう 〈KHM 195〉
二一九 リンクランクじいさん 〈KHM 196〉
二二〇 水晶の珠 〈KHM 197〉
二二一 マレーン姫 〈KHM 198〉
二二二 水牛の革の長靴 〈KHM 199〉
二二三 黄金のかぎ 〈KHM 200〉
児童の読む聖者物語
二二四(Ⅰ) 森のなかのヨーゼフ聖者 〈KHM 201〉
二二五(Ⅱ) 十二使徒 〈KHM 202〉
二二六(Ⅲ) ばら 〈KHM 203〉
二二七(Ⅳ) 貧窮と謙遜は天国へ行く路 〈KHM 204〉
二二八(Ⅴ) 神さまのめしあがりもの 〈KHM 205〉
二二九(Ⅵ) 三ぼんのみどりの枝 〈KHM 206〉
二三〇(Ⅶ) 聖母のおさかずき 〈KHM 207〉
二三一(Ⅷ) おばあさん 〈KHM 208〉
二三二(Ⅸ) 天国の御婚礼 〈KHM 209〉
二三三(Ⅹ) はしばみの木のむち 〈KHM 210〉
断篇
二三四(Ⅰ) 絞首架の男 〈KHM 211〉
二三四イ(Ⅱ) 黄金の脚
(附録)じゅばんの袖
二三五(Ⅲ) しらみ 〈KHM 212〉
二三六(Ⅳ) つわものハンス 〈KHM 213〉
二三七(Ⅴ) 靴はき猫 〈KHM 214〉
二三八(Ⅵ) 悪人のしゅうとめ 〈KHM 215〉
二三九(Ⅶ) 民謡体の童話断篇 〈KHM 216〉
グリム兄弟遺稿中の童話
二四〇(Ⅰ) 恩を忘れない亡者と奴隷からすくわれた王女 〈KHM 217〉
二四一(Ⅱ) 貞女 〈KHM 218〉
二四二(Ⅲ) 柩のなかの王女と番兵 〈KHM 219〉
二四三(Ⅳ) こわがる稽古(けいこ) 〈KHM 220〉
二四四(Ⅴ) ペーテル聖者の母 〈KHM 221〉
二四五(Ⅵ) 犬が猫と、猫が鼠となかのわるいわけ 〈KHM 222〉
二四六(Ⅶ) 犬と犬とが嗅(か)ぎっこするわけ 〈KHM 223〉
二四七(Ⅷ) 耳のいい人と脚の早い人と息の強い人と力の強い人 〈KHM 224〉
二四八(Ⅸ) 鼠と腸詰との話 〈KHM 225〉
跋文(ばつぶん) (訳者/昭和31年(1956年)2月)
◆本書より◆
「一九五 お月さま」より:
「おおむかし、夜(よる)はいつでもまっくらで、天が、黒い布(きれ)みたように地面の上にひろがっている国がありました。この国では、お月さまが出たことがなく、闇(やみ)のなかでお星さまがきらきら光ることがないのですから、どうもしかたがありません。これは、世界をこしらえた時に、夜(よる)の光が足りなかったのです。
この国から、あるとき、年季奉公(ねんきぼうこう)をすませたわかい職人(しょくにん)が四人(よったり)、(中略)修業(しゅぎょう)の旅に出て、よその国へ行ったことがあります。その国では、日が暮れておてんとうさまが山々のうしろへ消えてしまうと、あるところのかしわの木のてっぺんに光をだす球(たま)があって、それが、遠くの方まで、やわらかい光を流れるようにだしているのでした。それは、太陽みたようにぎらぎらした光をはなつのではありませんが、なんでもよく見えて、はっきり物のみわけがつくのです。旅のものは立ちどまって、ちょうど荷車をひいてそこを通りかかったお百姓に、これはどういう燈火(あかり)ですかと、きいてみました。
「これは、お月さまでがす」と、おひゃくしょうが返事をしました、「わしらの村(むら)の村長(そんちょう)さまが三ターレルで買(こ)うてきてよう、このかしわの木へしばりつけたでがす。こいつを、いつなんどきでもあかるくもやしとくには、毎日油をついで、きれいにしとかにゃならんので、その費用に、わしらから、毎週一ターレルずつ取りたてるでがす」
お百姓が行ってしまってから、一人が、
「このランプは、つかえないことはないぜ。わしらの故郷(くに)にも、これとおなじぐらいのかしわの木がある。あいつへ、これをひっかければいい。なあ、夜(よる)、まっくらやみんなかをさぐりまわらなくてすみゃ、どんなにうれしいか」と言いだしました。
「こうしたらどうだね」と、ふたりめのが口をだしました、「荷車と馬をもってきて、お月さまをつれてっちまおう。ここの人には、また別(べつ)のが買えるわね」
「あたしは木のぼりがじょうずなんだ」と、三人めのが言いました、「お月さまを、きっと下へおろしてみせるよ」
四人めの男は、荷馬車(にばしゃ)を一だいもってきました。三人めの男が木にのぼると、お月さまに穴を一つあけて、その穴へ綱(つな)をとおして、お月さまを下へおろしました。かがやいている球(たま)が馬力(ばりき)へ乗ると、それに布(きれ)をかけて、ぬすんだしなものがだれにも気のつかないようにしました。
四人(よったり)のものは、お月さまを、とどこおりなく自分たちの国へもちこんで、それを、せいの高いかしわの木のてっぺんにすえつけました。あたらしいランプの光が野原という野原を照らして、ほうぼうの家の部屋部屋(へやべや)へひろがったので、としよりも若いものもよろこびました。一寸ぼうしは岩のほらあなから出てきました。ちび鬼どもは赤い上衣(うわぎ)を着て、輪なりにお手々をつないで、草原でぐるぐるおどりだしました。
四人のものは、お月さまに油をさして、心(しん)をきりました。そして、一週間に一ターレルずつ取りたてました。ところが、そのうちに四人ともおじいさんになりました。そして、その一人が病気にかかって、じぶんの死ぬことをさとると、お月さまの四分(よんぶん)の一はあたしの財産だから、お墓(はか)へ入れてくれと遺言(ゆいごん)したものです。ですから、この人が死ぬと、村長さんが木のぼりをしてかきねの刈(か)りこみをする鋏(はさみ)でお月さまを四(よ)つ一(いち)だけ切りとって、お棺(かん)の中へ入れました。お月さまの光は減(へ)りましたが、さほど目だつほどではありませんでした。
二人(ふたり)めの人が死ぬと、また、お月さまを四つ一だけもって行きました。それで、光はまたすくなくなりました。三人めの人が死ぬと、これも、やっぱり自分の分(ぶん)をもっていったので、光は、もっとよわくなりました。そして、いよいよ四人めの人がお墓へはいりましたら、むかしのとおりの真(しん)の闇(やみ)がかえってきて、村の人たちが、日がくれてから提灯(ちょうちん)なしで外へ出ると、みんな、こつこつ、はちあわせをしました。
ところが、お月さまのかけらが地面の下の世界へはいってから、それがひとつにまとまると、なにしろ、これまでは暗闇(くらやみ)だったところですから、死人(しびと)どもがざわついて、ねむりから目をさましました。死人は、むかしのように物が見えるようになったので、びっくりしました。」
「死人たちは、むくむく起きあがって、はしゃぎだし、むかしの娑婆(しゃば)のくらしかたをはじめたものです。音楽や舞踏(ダンス)をやりだしたものたちがあるかとおもえば、居酒屋(いざかや)へかけこんだれんじゅうもあって、そこでお酒をださせて、酔(よ)っぱらって、あばれだして、けんかをして、しまいには、こん棒(ぼう)をふりあげてなぐりあいをはじめるという始末(しまつ)。」
「二〇三 こびとのおつかいもの」より:
「仕立(したて)やさんと餝(かざり)やさんが、つれだって修業(しゅぎょう)の旅に出ました。ある晩、お日さまが山々のうしろにしずんでしまってからのこと、遠くのほうから、なにか、音楽のひびきがきこえました。音色(ねいろ)は、だんだんはっきりしてきます、それは、世の常のものとはまるでちがってはいますが、いかにも気もちのいいもので、ふたりはくたびれもわすれて、足ばやにあるいて行きました。
とある丘陵(おか)にたどりついたころには、もうお月さまが出ていて、おかの上には、ちいさな男や女がおおぜい見えました。その人たちは、手をつなぎあって、いかにも、おもしろくっておもしろくって居(い)ても立(た)ってもいられないというふうに、ぐるぐる、ぐるぐる、おどりくるい、おどりにあわせて、それはそれはおもしろおかしくうたっています。」
「おどりの輪(わ)のまん中に、爺(じい)さんが一人(ひとり)、がんばってました。じいさんは、からだもほかのものたちよりいくらか大きく、五色(ごしき)の上衣(うわぎ)を着て、氷のような色のひげが胸にたれさがっています。ふたりはあきれかえって、立ちおどんだまま、おどりを見物していると、じいさんが、なかへはいれと目くばせをして、こびとたちも、さあ、おいでなさいと言わんばかりに、おどりの輪をひらきました。
かざりやさんは、駱駝(らくだ)のようなこぶをしょっていて、世間のせむしとおなじようにずいぶんあつかましい人ですから、かまわず、のこのこ、でかけました。したてやさんのほうは、最初は、はにかんで、ひっこんでいましたが、みんながおそろしく浮きたっているのを見て、じぶんも思いきって、あとから出てきました。そうすると、輪はたちまちもとのとおりにとじて、こびとたちは、唄(うた)をうたいながら、跳(と)んだりはねたり、気狂(きちが)いのようにおどりつづけましたが、じいさんは、帯にぶらさげていた幅(はば)びろの庖丁(ほうちょう)をとって、それを磨(と)ぎはじめ、じゅうぶんに磨ぎすまされると、新参(しんまい)の客人(きゃくじん)のほうを、じろじろながめたものです。
ふたりは、きみがわるくなりましたが、どうしようかとかんがえるひまもなく、じいさんはかざりやさんを鷲(わし)づかみにして、それこそ目にもとまらぬ早(はや)わざで、かざりやのあたまの毛とひげを、つるつるに剃(そ)りおとし、それがすむと、したてやさんもおんなじことをされました。」
「じいさんは、わきのほうに山のように積みあげてある石炭をゆびさして、それを、かくしへ詰(つ)めこむように、いろんな身ぶりをしてみせました。その石炭がなんの役にたつのだかわからないのですが、とにかく、ふたりは、すなおにそのとおりにして、それから、とまるところをさがしに、また、てくてくあるきだしました。山あいへはいってから、近所の僧院の鐘(かね)が十二時をうって、それをきっかけに、うたごえがやみました。いつのまにか、なにもかも消えうせて、丘(おか)は、さえわたる月の光をあびているばかりです。」
「二一六 たいこたたき」より:
「ある晩のこと、齢(とし)のいかない太鼓(たいこ)たたきがたったひとりぼっちで野原をあるいていましたが、とある湖水(みずうみ)の岸に出ると、白い亜麻(あま)の布(きれ)が三枚おちているのが目につきました。
「なんてえ上等な麻(あさ)だろ!」
こう言って、たいこたたきは、それを一枚、かくしへおしこみました。うちへかえると、ひろったもののことはそれぎり考えもしず、寝床(ねどこ)へ横になりました。ところが、いざ寝つこうとするときに、だれだか、自分の名を呼ぶものがあるような気がしました。耳をすませてよくきくと、
「たいこたたきや、たいこたたき、目をさましてよ」という、蚊(か)のなくような声がききとれました。まっくらやみの晩だったので、だれも見えないのですが、なんだか人の形をしたものが、寝台(ねだい)の前を、ふわりふわり、あっちこっちへ行ったり来たりしているような気がしました。
「なにか用事(ようじ)があるのかい」と、たいこたたきが、きいてみました。
「わたくしの襦袢(じゅばん)を、かえしてちょうだいね」と、さきほどの声が返事をしました、「あなたが宵(よい)のくちに湖(みずうみ)の岸で取っていらしった、あれね」
「かえしてあげるとも」と、たいこたたきが言いました、「おまえが、なにものだか、そいつをわたしにきかせてくれたらね」
「申(もう)すも涙のたねながら」と、声が折りかえしてこたえました、「わたくしは、日(ひ)の出(で)の勢(いきおい)のある国王の娘。けれども、魔ほうつかいの女の妖術(ようじゅつ)におちいって、今はガラス山の上に封(ふう)じこめられている身です。毎日女きょうだいふたりと、あの湖で行水(ぎょうずい)をつかうことになっているのですが、じゅばんがなくては、飛びかえることがかなわず、姉妹(きょうだい)は行ってしまいましたけれど、わたくしは、あとにのこらなければなりませんでした、後生一生(ごしょういっしょう)のおねがいです、わたくしの襦袢をおかえしくださいまし」
「安心しといで! かわいそうに」と、たいこたたきが言いました、「かえしてあげなくってどうする!」
太鼓たたきは、かくしから襦袢をとりだして、くらやみのなかで、それを王女にわたしてやりましたが、王女があたふたとじゅばんをつかんで、そのまま立ち去ろうとするのを、
「ちょいとお待ち!」と呼びとめました、「手をかしてあげられないこともなかろ」
「それはね、あなたがガラス山の上にのぼって、妖婆(ようば)の魔力からすくいだせさえすれば、それは勿論(もちろん)、あなたのおかげで助けていただけますわ。けれども、かんじんのガラス山のとこへは、あなたもいらっしゃれないし、もしも、どうかしてお山のすぐ近くまで来(こ)られたとしても、お山へは登(のぼ)れやしないことよ」
「やろうとさえ思えば、なんでもできる」と、たいこたたきが言いました、「おまえが気のどくでならないし、それに、わたしはなんにも怖(こわ)いものなし。だけれど、ガラス山だなんて、行くみちがわからないや」
「そのみちは、人喰(ひとく)い鬼(おに)のすんでる大きな森をとおっています。わたくしがあなたにお話しできるのは、これだけなのよ」
王女はこう返事をしたかと思うと、すぐそのあとできこえたのは、しゅうしゅうと飛びさる羽音(はおと)ばかりでした。」
「二三五(Ⅲ) しらみ」:
「むかし昔、あるところに王女がありました。王女はたいへんな清潔(きれい)ずきで、このかたよりもきよらかな女の人は、たしかに世界(せかい)じゅうにありませんでした。王女は、ごじぶんのからだに、爪垢(つめあか)ほどでもきたないものや汚点(しみ)がついていては、がまんができないのでした。
王女はこんなに潔癖(けっぺき)なのですが、どうしたことか、あるとき、おつむりに、虱(しらみ)が一ぴきみつかりました。みんな、
「こんな不思議(ふしぎ)なことはない、このしらみは殺(ころ)してはいけない、牛(うし)の乳(ちち)でそだてて、大きくしなくてはいけない」と、異口同音(いくどうおん)にはやしたてました。こんなわけで、しらみは、大切(たいせつ)に頭(あたま)から下とりおろされました。そして、ごちそうを食べるので、ずんずん育(そだ)ちました。普通(なみ)のしらみよりも、ずうっと大きくなりました。なみのしらみどころか、しまいには小牛(こうし)ぐらいの大きさになりました。
このしらみが死ぬと、王女はその皮を剝(は)いで、なめして、それぞれ手をかけて、それでごじぶんのおめしものをこしらえさせました。それからというもの、王女をおよめさんにほしいという男の人がやってくると、王女は、じぶんが着物にしたてて着ている皮はどんな動物の皮だか、あててごらんと、難題(なんだい)を出します。けれども、それをうまくあてるものは一人もなく、みんな、ぞろぞろかえって行くのです。それでも、やっとのことで、うまく秘密(ひみつ)をみやぶったものが一人ありました。」
「二四四(Ⅴ) ペーテル聖者の母」:
「ペートルスが天国(てんごく)へ行ってみると、おかあさんがまだ浄罪火(じょうざいか)のなかにいたので、
「神さま、わたくしの母を、浄罪火のなかから救いだすことをおゆるしくださいまし」と、おねがいしました。ペートルスのお願いは、ききとどけられました。そこで、ペートルスはおかあさんをつれて、浄罪火の中をぬけて天国へのぼろうとすると、かわいそうな魂(たましい)が、いくつもいくつも、自分たちもいっしょにここをのがれ出ようと、はかない希望(のぞみ)をいだいて、おかあさんの裳裾(もすそ)にぶらさがっていました。
ところが、おかあさんは、他人(ひと)のしあわせになるのが嫉(ねた)ましくて、裾をふるったので、みんなもとの火のなかへ落ちてしまいました。
ペートルスは、これで、じぶんの母親の心の悪いことをはっきりみとめて、おかあさんも、落としてしまいました。これで、おかあさんは、せっかく脱(ぬ)けだした浄罪火の中へ逆(ぎゃく)もどりしたわけで、その後(ご)心を改(あらた)めていないとすれば、今でも、まだそこにいることとおもいます。」
こちらもご参照ください:
『完訳 グリム童話集 (一)』 金田鬼一 訳 (岩波文庫)
『完訳 千一夜物語 (一三)』 (岩波文庫)
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